戦闘機

Bell P-39Q-10 Bella

KIT : 1/48 EDUARD BELLA DUAL COMBO LIMITED EDITION 11118

P-39 エアラコブラ(Bell P-39 Airacobra)は、アメリカ合衆国のベル社が開発し、第二次世界大戦初期にアメリカ陸軍航空軍等で運用された戦闘機。主にレンドリース先のソ連で活躍した。
愛称の「エアラコブラ(Airacobra)」は、「空飛ぶコブラ」といったような意味だが、坂井三郎によると日本軍の一部では「エア・コブラ」と読んでいたようである。イギリスへのレンドリースでの受取拒否機をアメリカ陸軍航空軍が逆輸入の形で引き取った機体はP-400 エアラコブラと呼ばれる。
1936年に出されたアメリカ陸軍の高々度新型迎撃機の要求へ応えて、XFM エアラクーダ戦闘機に続く第二弾として、新進気鋭のベル社が出した回答がXP-39である。その形態はエアラクーダ譲りの新機軸が山盛りの珍しい設計で、胴体中央(操縦席の後)に液冷式のエンジンを置き、プロペラ軸を通して装備される37 mm機関砲を機首に装備した。これは主に機関砲の安定性を保つための仕組みであったが、エンジンを機体中央に置くことで運動性も向上すると見込まれた。また、米国の単発戦闘機で初めて前輪式降着装置を備えたが、これにより離着陸時の視界も従来の戦闘機と比べて良好だった。またキャノピーは涙滴型だがスライド式ではなく、コックピットへの出入りは前に蝶番のある自動車のような側面ドアから行うと言う変則的なものであった。
高々度戦闘機として排気タービン過給器を備えた試作機は、1939年4月6日に初飛行し、クリーン状態で最大速度628 km/h、上昇率1,219 m/minなどの高性能を発揮した。しかし、陸軍は仕様に反して本機を高々度戦闘機にする気は無く、排気タービンを外して中高度戦闘機として生産するように指示を出した。これにより工場では機械式一段一速過給器のV-1710-35エンジンを取り付けて量産が開始されたが、量産型のP-39Cは重量増加などで性能は低下してしまった。武装は37 mm機関砲と機首に12.7 mm機銃×2+7.62 mm機銃×2である。P-39Dは機首の7.62 mm機銃を撤去したかわりに主翼付け根左右に7.62 mm機銃×4を装備した武装強化型だが、このため、ますます性能は低下した。
輸出用として軍事機密の排気タービンが外されたP-38「ライトニングI」と同様、イギリス空軍へ輸出されたP-39C相当の機体「エアラコブラI」は期待はずれの性能(カタログスペックに満たず、ホーカー ハリケーンより劣ると評価された)により、とても実戦に使えるものではないとされ、僅かな期間で運用を中止された。11機が受領されたに過ぎず、残る機体は受け取りを拒否されたため、212機が1941年12月からソヴィエト連邦(ソ連)へのレンドリースに回された他、残る179機がP-400と名付けられ、アメリカ陸軍が引き取ることとなった。なお、これらの機体は機首砲が37 mmから、発射速度の高い M1 20 mm機関砲(弾数60発)に換装されていた。
ソ連には合計4,773機が送られ、1942年5月から空軍及び防空軍に配備されたP-39は、大変な好評をもって迎えられた。対地支援任務を主とするソ連空軍では戦闘機でも低空域での空戦がメインであり、高度による性能低下に苦しむことなくその本領を発揮できたのである。以前は他の戦線での低い評価により、37 mm機関砲による対地攻撃任務に活躍したと思われていたが、ソ連崩壊以降公開され伝わっている記録や、当時のパイロットの証言によると、ドイツ戦闘機との空戦において十分対抗できたとされており、事実、多くの有名エース・パイロットが搭乗している。ソ連軍では機動性を優先し、翼内機銃やガンポッドを撤去し軽量化して、機首武装(37 mm機関砲をソ連製の20 mm B-20に換装した機体もあった)のみで運用された。また東部戦線で運用されるアリソン・エンジンの寿命は短かった為、頻繁に交換する必要があったとされる。
太平洋戦線ではアメリカ陸軍やオーストラリア軍に配備されたP-39及びP-400が日本海軍の零戦と戦ったが、中高度域での性能、特に加速性が零戦には及ばなかった事から、不利な戦闘を強いられた。それでもP-39はD型以降も次々と改良されており、最終的にはモデルはQ型(ただし、H、I、Oは欠番)にまで至っている。だが、生産機数の52 %はソ連へのレンドリースであり、本家アメリカ陸軍では1943年以降、機種改変によって第一線から退いている。
XP-39が初飛行した際、アメリカ海軍も同機の高性能さに目を付け、XFL「エアラボニータ」を尾輪式の艦上戦闘機として試作要求した。同機は大幅な改修を加えて1940年に完成したものの、不具合が続出し、加えてチャンス・ヴォート社のXF4Uが高性能を発揮していたため、海軍での本採用は見送られ、1942年に対空射撃試験の標的機として生涯を終えている。
後継機として、同じレイアウトで高度による性能低下問題を解決した発展型、P-63「キングコブラ」が採用されたが、P47、P-51といった優秀な新型機の配備が進むアメリカ陸軍ではほとんど使用されず、やはりソ連に渡り活躍した。
日本軍のパイロットからは、その形状より「カツオブシ」と呼ばれた。

Wikiより GFDL上の著作権表示
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.

SPECIFICATIONS :
ROLE : FIGHTER, ATTACKER
CODE : P-39Q-10
NAME : AIRACOBRA, BELLA
FIRST FLIGHT : 1939
MANUFACTURER : BELL
LENGTH : 9.21m, WINGSPAN : 10.36m, HEIGHT : 3.75m, EMPTY WEIGHT : 2,900kg
ARMAMENT :

NOSE2×12.7mm MG
INSIDE WING
BEHIND
SIDE
BODYMAX 225kg
UNDER WING

CREW : 1
ENGINE : Allison V-1710-85 V-12 liquid-cooled piston engine, 1,200 hp
MAX SPEED : 626km/h
FERRY RANGE : 845km
SERVICE CEILING :11,000m

補足情報:

作例型:
P-39Q
The final production variant last one built in August 1944.

考証:

使用部品:
1/48 エデュアルド製 Bella Dual Combo #11118
ニッケルチタン線ストレッチ線
銅線0.2mm, 0.3mm
真鍮線0.2mm, 0.3mm, 0.5mm
その他汎用エッチングパーツ

特色:

製作年月:
2020年8月 製作

編集 鴣囃子裕二@軍艦堂 トップへ

Major Anatoliy Leonidovich Kozhevnikov, 212. GIAP, 22. GIAD, Dabern, Germany, May/ June 1945

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