概観諸元

分類:巡洋艦 クラス:2等巡洋艦
起工:1922(大正11)年起工 竣工:1925(大正14)年竣工
型式:川内型 艦番:3番艦
艦名:那珂 初代那珂
諸元:基準排水量:5,195トン 公試排水量:-,---トン 常備排水量:5,595トン
全長:162.46m 全幅:14.2m

概要

那珂(なか)は、日本海軍の軽巡洋艦。川内型軽巡洋艦の3番艦。艦名は栃木県、茨城県を流れる那珂川に因んで命名された。川内型の2番艦として横浜船渠で起工されたが、1923年の関東大震災で被災、建造途中の船体を大きく損傷したため解体の上3番艦として改めて起工、1925年11月30日に就役した。なおその際に艦首形状をスプーン型からダブル・カーブド型に改めている。1927年島根県美保関沖で行われた夜間無灯火演習において巡洋艦 神通 と駆逐艦 蕨 が衝突、それを避けようとして駆逐艦 葦 の左舷後部に衝突し両艦ともに大破した(美保関事件)。1937年の日華事変時においては第2艦隊に所属し作戦活動に従事。1941年には姉妹艦の「神通」と共に雷装の強化が行われた。太平洋戦争が始めると西村祥治少将率いる第4水雷戦隊の旗艦としてフィリピン上陸作戦を支援。1942年4月1日にクリスマス島沖において潜水艦「シーウルフ」 (USS Seawolf, SS-197) の雷撃を受け航行不能となり、「名取」によってシンガポールに牽引される。その後舞鶴工廠にて修理、近代化改装を行い1943年4月に戦線復帰する。1944年2月17日、トラック島西方で航空母艦「バンカー・ヒル」 (USS Bunker Hill, CV-17 および「カウペンス」 (USS Cowpens, CV-25) 艦載機部隊による攻撃を受け沈没した。

Wikiより抜粋

同型艦:

使用部品

製作工程

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完成写真

HULL SCAPE

ZOOM UP

 



撮影環境
ミニクリプトン球(電球色)4燈直射による自作撮影ブース
撮影に使用したカメラなどの機材
Nikon D40X, Nikon AF-S NIKKOR 24-85mm, Nikon AF-S NIKKOR 18-55mm, Kenko CLOSE-UP Lens f330 52mm, SLIK三脚
撮影時のカメラの設定値
F-18, NOFLASH, ISO100-1400, 露出補正+1.7

製品所在

2隻同時製作
艦番1: 
艦番2: 

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あとがき

 

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